滋賀県甲賀市信楽町黄瀬にある、築42年の古民家を借りて制作しています。
1300年も昔にあった紫香楽宮跡にほど近い
遠くの鳥の鳴き声が聴こえる、とても静かないいところです。
2020年の春に信楽に引っ越してきました。
この家で夫婦ふたりで暮らしながら、ほとんど毎日うつわを作っています。
信楽に来るまでのおはなし
それでは、うつわができるまでの工程を少しだけご紹介します。
1.土を練る
僕は薪窯の器には信楽の古陶土を使用しています。
信楽は平安時代末期から知られている陶芸の里です。
300万年前の琵琶湖の地層からは良質な粘土が採掘できます。
夏は暑く、冬は寒い。日中は暖かく、夜は一気に冷える。
信楽は標高の高い盆地のため滋賀の中でも随一の厳しい気候の土地ですが、
大きな気温差がコシのある陶土を育ててくれるようです。
陶土には多彩な種類がありますが
採掘した原土は水簸をして不要な草木や小石などを取り除き、寝かす必要があります。
良質な陶土は大変な手間と長い時間を掛けて作られます。
僕は信楽にある陶土を製造している業者さんから購入しています。
焼成の結果を自分なりに分析するために、含まれる成分が均一な土を繰り返し使いたいからです。
釉薬も同様に購入しているものが大半です。
土と、それに合う釉薬を把握し尽くしているプロの知識と技術を最大限に使わせてもらっています。
2.かたちづくる
僕は文章や絵画や音楽ではなく、かたちのあるものを作ることが好きです。
何かをかたちづくることが好きで、陶芸を続けてきました。
陶芸には陶板やオブジェもありますが、なぜ器を作るのかと言うと
器の魅力は人の手に渡り、使ってもらったときに完結することにあると考えているからです。
使ってもらうことが器のゴールであり、はじまりです。
僕は使いやすさだけではなく、土の呼吸が伝わってくるようなかたちを意識して制作しています。
技術の向こう側にいるような陶芸家の仕事からは、土の呼吸が伝わってくるように思います。
大変難しい道のりですが、いつかそんなものを作りたいと思っています。
3.釉薬をかける
750℃で素焼きした器にトルコブルーの釉薬を掛けてから薪窯で焼成しています。
トルコブルー釉を薪窯で焼くことは珍しいと言われることがあります。
そもそもトルコブルーを薪窯で焼きはじめたのは
ことばでは言い表せないような色の器を作りたいと思ったのがきっかけです。
トルコブルー釉は古代ペルシャにルーツを持つ釉薬で、窯の中の雰囲気によって色が変化します。
酸素の量が多い場合は明るい青に発色し、逆に少ない場合は濃い紫に発色します。
窯の中の配置によっては中間のグラデーションが生じることもあります。
焼き上がりから炎がどのように窯の中を走ったかが一目で見て取ることができる釉薬です。
特に灰が掛かった箇所は白、黄、茶など様々な色の変化が起こります。
トルコブルーと反応している結果なのか、まだまだ分からないことが多いのが現状です。
どのように再現できるのか、解明していくことが今後のテーマです。
4.窯で焼く
焼成は信楽にある滋賀県陶芸の森の窯を使っています。
薪窯は文字通り薪を燃料とする窯のことです。
1250℃を超えて気化した薪が土や釉薬と溶け合い、火の通った後が器の表面に現れます。
灰を掛けたり、緋色を出したり、多彩な焼き方ができるのが薪窯です。
薪窯の代表格である穴窯や登り窯は焼成に3日から1週間をかけ、3~10トンもの薪を使います。
僕の使っているイッテコイ窯や、トレインキルンは穴窯や登り窯よりも新しい時代に考案された窯です。
たとえばイッテコイ窯では穴窯のおよそ5分の1の大きさで80個ほどを約24時間という短時間で焼くことができます。
個人で制作する陶芸家が増える過程で、一人でも焚くことができる小型の薪窯が新しく開発されていきました。
薪窯それぞれに特徴があり、その窯でしかできない焼き方ができます。
陶芸の森には穴窯、登り窯、金山窯、イッテコイ窯、ビードロ窯、スイッチバックキルン、
そして近年新しくできたアメリカ生まれのトレインキルンなど様々な薪窯があります。
薪窯があるエリアは、小学生の子どもたちが社会科見学に来たり、近くの人たちのお散歩コースになっている広場の一角にあります。
誰でも見学できるので、ぜひ覗いてみてください。
僕は2022年からこの陶芸の森にあるトレインキルンの焼成に取り組んでいます。
トレインキルンとは
日本の薪窯(登り窯、穴窯など)は火の流れに沿うように斜面に建てられていますが、
トレインキルンはアメリカで開発された平地で焼くことができる薪窯です。
大きな特徴は燃焼室が分けられていることです。吸気の調整が自在にできることで、様々な焼き方ができる窯です。
日本では2020年に滋賀陶芸の森に篠原希さんによって初めて築窯されました。日本でどのようなものが焼かれるのかはまだ未知数です。
5.窯から出す
窯の温度が下がるまで1日以上待ってから窯から出します。
窯出しはものすごく緊張します。
早く開けたいけど開けたくない、といった感じです。
現在の僕の技術では100個入れても思い通りの焼き上がりになるのはほんのわずかで、
ほとんどが使用に堪えないこともしばしばです。写真のものは完全にくっついてしまっていました。
窯詰めの配置、窯の状態と薪のコンディション、湿度や天候、昇温のスピードなど、
まったく同じ焼き方を再現するのは大変難しいことです。
ですが、何度も焼成を重ねていくうちに窯のクセというものが少しずつ見えてきます。
あらゆる事象が重なって偶然できた焼け方をただの偶然に終わらせるのでなく、
なぜそうなったのか考えて次の焼成に活かしていくことを心掛けています。
6.うつわができる
以上が僕のうつわができるまでのご紹介です。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
いろいろな角度から、見て楽しんで使っていただけたら嬉しく思います。
2023.4.20 高橋 燎